2020年2月17日月曜日

恵みに包まれて生きる


恵みに包まれて生きる

以前私が勤めていた教会では、それぞれのご家庭に集まって、聖書のことを学ぶための集会がありした。その集会の中の一つに、93歳のおじいちゃんが、出席して下さってたのですが。そのおじいちゃんは、長いこと農業をなさっておられたんです。 
もちろん、もう引退なさっておられるんですが、そのおじいちゃんが、こうおっしゃるんですよ。「私はね、いまでも畑に立つとスキッとするんですよ」って。

そう言えば、以前、本で読んだかラジオで聞いたのか忘れましたが、亡くなられて行く方の中で、穏やかなお顔で亡くなられていく方いちばんが多いのは、農家の方だって言うんです。 
ほら、農家の方は、自然が相手でしょ。どんなに努力して頑張っても、最後は天候や気候により頼まなければならない。そして、だからこそ自然の恵みに包まれながら生きている。ですから、きっとそのような大自然の中で、自然の恵みに包まれていきていることが、人生の結末においても、穏やかなお顔をさせるんじゃないかなって、そう思います。

そう言うわけで、あの93歳のおじいちゃんが、「今でも畑に立つとスキっとするんですよ」とおっしゃるのは、畑に立つことによって、この大自然の恵みを体一杯に感じとっているからかも知れませんね。

でも、このことは、とても大切なことを私たちに教えてくれているような気がします。だって、頑張れば頑張るほどいいことがあるって、そう信じ込んでいるようなそんな感じがするからです。
  もちろん、努力するっていうことは、人間の大切な人徳の一つです。ですから、やっぱり努力を怠ってはいけませんよね。でも、どんなに頑張っても人間の頑張りや努力には、必ず限界ってものがあるもんです。
 その限界があることを認めて、どこかで人間の努力や限界を超えたものに、よりたのみながら生きるって事も必要なんじゃないかなってそうおもうんです。ちょうど、農家の人が、大自然の恵みに包まれているようにね。

 旧約聖書には箴言っていう所があります。箴言には、人間が生きていく上で役に立つような格言が書いてあるんですが、この箴言に「心を尽して主により頼め、自分の悟りに頼るな。あなたの行く所、どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」って書いてあります。

 この言葉って、まさに、人間が、人間の知恵や知性を超えた神様を頼り、神様の恵みに包まれて生きていく事の大切さを教えている言葉だと言えるんじゃないでしょうかね。
考えてみれば、「大自然の恵み」といっても、この大自然を神様がお造りになったのだとしたら、結局は、それもまた「神様の恵み」と言うことができます。

私たちが、この宇宙船地球号の中に、一杯にあふれている神様の恵みに包まれていることを、肌身に感じながら生きていけるようになったら、素晴らしいと思うんですよ。 
そう言う私自身、毎日毎日、時間と仕事に追われ、様々な問題の中であえぐように頑張りながら生きてます。だからこそ、みなさんとご一緒に、神様の恵みに包まれていることを忘れないようしたいなってそう思うんです。

そうすれば、きっと毎日毎日が、今までとは違った一日一日になるってそう思うんすよ。