2018年7月22日日曜日

'18年7月第4主日礼拝説教「十字架の意味」

                                                      2018.7.22

旧約書:レビ記16章6~10節(旧約聖書p.158-159)
福音書:ルカによる福音書23章44節~49節(新約聖書p.132)
使徒書:へブル人への手紙10章8節~18節(新約聖書p.353)

 さて、今日の説教の中心となる聖書個所はルカによる福音書2344節から49節です。この箇所は、十字架に架けられたイエス・キリスト様の最後、断末魔の瞬間を描いている場所です。


 イエス・キリスト様が十字架に磔られたのは、昼の12時ごろでした。するとあたりはだんだんと暗くなってきた。太陽が光を失ったからです。そしてあたりは真っ暗になりました。このような太陽が光を失うと言う現象は、日食に見られる現象です。ですから、このとき日食が起こったのではないかと思われる方もおられるかもしれません。
しかし、イエス・キリスト様が十字架に磔られたのは過ぎ越しの祭りの時です。特に過ぎ越しの食事をした直後ですので、ユダヤの暦で言えばニサンの月の15日で満月の日です。日食は新月の時に起こるもので満月の時には起こりませんから、イエス・キリスト様の十字架の場面で太陽が光を失いあたりが真っ暗になったと言う現象は、日食と言う自然現象によるもの考えられません。とすれば、この太陽が光を失いあたりが真っ暗になる現象がここで起こったのには、何らかの神学的・信仰的意味があります。では、いったいどのような意味が考えられるでしょうか。

みなさん、マラキ書の41節、2節(新共同訳では318節、20節)には、次のような言葉があります。

1:万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない。 2:しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている。あなたがたは牛舎から出る子牛のように外に出て、とびはねる。

 このマラキ書41節、2節はキリストに対する預言として受け止められてきた箇所ですが、そこではイエス・キリスト様を「義の太陽」と言うふうに形容しています。このことは、ローマ帝国が冬至の祭りにおいて、一年で最も日が短くなる冬至を境にしてそこからだんだんと日が長くなっていく様子を太陽の死から復活として捉え、不滅の太陽を神として崇める祝いをしていたことに対抗して、教会は真の神であり「義の太陽」であるイエス・キリストの誕生を、この冬至の祭りに祝ったと言う出来事がクリスマスが1225日となった謂れであると言われています。

 そのように、教会はイエス・キリスト様を「義の太陽」だと考えていたのです。だとすれば、その太陽が光を失うということは、まさにイエス・キリスト様の死を象徴的に示している現象であったと言えます。まさに義の太陽であるイエス・キリスト様が死なれ、光を失う。そのとき、地上は真っ暗闇になってしまう。罪と死が我々を覆う暗闇の世界となってしまうのです。ところが、聖書はその時にもう一つの不思議な現象が起こったということを書き記しています。45節に記されている聖所の幕が真ん中から裂けたと言う出来事です。真っ暗な闇の世界、その闇の世界の中で神殿の聖所の幕が真ん中から裂けた。この時に裂けた幕は、聖所と至聖所と隔てるための幕であっただろうと思われます。

 みなさん、至聖所と言う場所は神殿の中で、いえ神の民イスラエルの国においてもっとも神聖な場所です。そこには契約の箱が置かれ、神の臨在なされるのです。もっとも、この契約の箱はバビロン捕囚後、失われてしまっていますので、イエス・キリスト様の時代は至聖所には何もなかったと思われます。しかし、それでも、至聖所は神が臨在なさる聖なる場所なのです。ですから、この隔ての幕で至聖所は外界と遮断され、特別に聖別された場所となりました。そして、そこには、年に一回、贖罪の日に大祭司ただ一人しか入ることができないのです。その至聖所と聖所を隔てる幕が真っ二つに裂けたのです。

 この隔ての幕が二つに裂けた。それは、神と人との間にあった隔てが取り除か、神と人との間が繋がれ結ばれたと言うことでもあります。イエス・キリスト様の死によって再び罪と死が我々を暗闇で覆いつくしてしまうと思われるその時に、その暗闇を引き裂くように神と人との間の隔てが取り除かれ、神と人とが結ばれる。それこそがイエス・キリスト様の十字架の意味であると言っても良いだろうと思います。それは、神殿の幕が真っ二つの裂かれたその時、イエス・キリスト様が声高く「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」と叫んで死なれたと言う出来事と深く結びつきます。

 十字架に架けられて、今まさに死なんとするその時に、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」と叫ぶイエス・キリスト様のその言葉。それは、パウロがピリピ人への手紙38節で「おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」と言った、まさに神に従い抜いたお方の言葉です。
 そしてこの徹底して神に従い抜いて生きるその生き方が、罪と死とが支配する闇のような世界を切り裂き、神と人との間に新しい契約をもたらしたのです。そう、イエス・キリスト様は、罪と死の支配に対して完全な勝利したお方であり、そのお方の十字架の死は、私たち人間を罪と死の支配から解放するものだったのです。だからこそ、この様子を見た百卒長は「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言うのです。

 この百卒長の言葉は、マルコによる福音書(1539)にもマタイによる福音書(2754)にも類似する表現が見られる言葉です。たとえば、マルコによる福音書には何の注釈もなくただ百卒長がイエス・キリスト様の十字架の出来事を見て、「まことにこの人は神の子であった」と言っています。それに対して、マタイによる福音書では、神殿の幕屋が二つに裂けたとき、地震があり、岩が裂け、墓が開き眠っていた聖徒たちの多くが生き返ったと言うことを記し、その上でこれらのことをみた百卒長が非常に恐れて「まことのこの人は神の子であった」と言う。
 そして、ルカによる福音書では、イエス・キリスト様の十字架の死の際に、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と言うイエス・キリスト様の言葉を聞き、太陽が光を失い全知が暗くなり、神殿の幕が裂け、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」叫ぶイエス・キリスト様のその言葉を聞いた百卒長が、神を崇め(新改訳2017:神をほめたたえ)ながら「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言っているのです。

 ここには微妙な違いがあります。すなわち、マルコは何も注釈をつけずに百卒長の言葉を記しているのに対し、マタイはその言葉が百卒長の恐れから出たものであると注釈をつけて言い、ルカは「神を崇め、ほめたたえる思いから」言ったのだと言う違いがある。

 一般に、福音書は最初にマルコの福音書が書かれたであろうと言われています。そして、それはおそらく間違っていないでしょう。そして、マタイによる福音書もルカによる福音書もマルコによる福音書を参考にして書かれていると考えられます。つまり、マタイでは、百卒長が恐れから「まことにこの人は神の子であった」と言う言葉も、ルカの神を崇め(ほめたたえ)ながら「ほんとうに、この人は正しい人であった」の間にある「恐れ」と「神を崇め、ほめたたえる」という思いとの間にある微妙な違いは、百卒長の言葉をどう受け止めたのかというマタイとルカの解釈の違いだと思われます。

 ひょっとしたら、マタイは地震や岩が裂けると言った事情の背後に、神の子を十字架に磔にする人の罪に対する神の裁きを下す神の怒りを感じたのかもしれません。あるいは、神の子の死に対する神の深い慟哭を感じたのかもしれない。だからこそマタイは、百卒長の言葉はは「非常な恐れの中で語られたと思ったのではないでしょうか。

それに対してルカは、イエス・キリスト様の「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と言う言葉や、イエス・キリスト様と共に十字架に架けられている囚人のひとりに架けたよく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」と言う言葉、そして「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」という一連の言葉の背後 に、高潔で愛に満ちたイエス・キリスト様の姿を見ている。それこそ、死の間際であっても、決して人を呪ったり、恨んだりしないイエス・キリスト様の姿に、徹底して罪に打ち勝つ姿を見ていたのかもしれません。だから、真っ暗闇の中で、聖所と至聖所を隔てる神殿の幕が裂けたと言う出来事に、イエス・キリストの罪と死に対する勝利を感じたのでしょう。それゆえに百卒長の「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言う言葉は、神を崇め、ほめたたえる言葉として受け止められている。

 みなさん、このイエス・キリスト様の十字架の死が、罪と死の勝利であったということは、古代教会からキリスト教にあった十字架理解です。そのように、イエス・キリスト様の十字架は罪と死の支配、そしてその背後にある悪魔に対する完全な勝利である。だからこそ、イエス・キリスト様の十字架は誉むべき、誇らしい事柄であり、たたえるべきものなのです。
 しかし、それは同時に私たちの胸を叩く事柄でもある。48節です。そこにはこうあります。「この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った」。

 この胸を叩くと言う行為は、二つの状況を思い浮かべさせます。一つは、悲しみのあまり胸を叩くと言うことです。ですから新改訳2017版などは、悲しみのあまり胸を叩きながら帰って行ったと訳している。そしてもう一つは自分の罪を悔やむ姿が胸を打つと言う行為に著されている場合です(ref実用聖書注解;熊谷徹)。たとえば、ペテロによる福音書という聖書にはならなかった外典福音書と呼ばれるものがあります。そのペテロによる福音書の725節には、この時のことを次のように記しています。

   その時、ユダヤ人たちと長老や祭司たちは、自分たちがどんなに悪いことをしたかを悟って嘆き始め、「われらの罪にわざわいあれ、エルサレムのさばきと終わりは近い」と言い出した(ref新聖書注解p421)。

また、ルカによる福音書1813節には、神殿で、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と祈る取税人の姿が記されていますが、そこには胸を打つと言う行為が,深く罪を悔いる思いから出る行為として記されています。

 では、ここではどのようにこの「胸を打ちながら帰って行った」と言う行為をどちらの意味で理解すればいいのでしょうか。みなさんはどう思われますか。私はおそらく、罪を悔いながらと理解すべきではないかと思います。というのも、この胸を打ちながら帰っていった人々は、イエス・キリスト様を十字架に付けると叫んだ群衆だからです。
 仮にこれが、イエス・キリスト様についてきていた人々ならば悲しみで胸を叩くと言うことは理解できます。しかし、そのような人々は49節に「すべてイエスを知っていた者や、ガリラヤから従ってきた女たちも、遠い所に立って、これらのことを見ていた」とありますので、この胸を打ちながら帰っていった人々にこの人たちは含まれていません。だとすれば、この胸を打ちながら帰っていった人々は、イエス・キリスト様を「十字架に付けろ」と叫んだ群衆だと考えるのが妥当であるように思われるのです。

 イエス・キリスト様を「十字架に付けろと叫んだ群衆」の多くは、律法学者や祭司長と言った人たちに扇動されてイエス・キリスト様を十字架に付けるように要求した人々です。彼らは、おそらくあの百卒長と同じようにイエス・キリスト様の十字架の死のありさまを見て、「この方は、正しい方であり、神の子である」と理解したのでしょう。その「正しい人」、また「神の子」に対して、自分たちを「十字架に付けろ」とピラトに迫り、その結果その「正しい人であり神の子」が十字架で苦しみ死んでしまった。このことが、罪の痛みとなり、そのことを激しく悔やんで胸打ちながら帰っていたとこの箇所を読み解く方が妥当であるように思われるのです。

 そして、この福音書の著者であるルカも、そのように罪を悔やみ胸を打つ人の姿を描きつつ、自分の罪に気づき、その罪を悔いることの大切さを示そうとしているように私には思えて仕方がないのです。というのも、先ほど申しましたように、イエス・キリスト様の十字架の死は、私たちを縛り付け支配して神に背かせる罪と死の支配に対する勝利であり、私たちをその罪と死の支配から贖い出し、解放するものだからです。

 先ほど私たちは旧約聖書レビ記166節から19節の言葉に耳を傾けました。本当は、16章全体をおよみしたかったのですが、長くなりますのでその中の一部分だけを司式の兄弟に読んでいただきました。このレビ記16章は、神がイスラエルの民に定めた「贖罪の日」と訳されるヨム・キップールについて書かれている部分です。この「贖罪の日」というのは、神が年に一度、イスラエルの民が犯した罪を贖い、罪や汚れからきよめてくださる日です。
 この日、それこそ大祭司がただ一人で、犠牲とされ山羊と雄牛の血をもって至聖所に入り祭壇にその血を捧げ、イスラエルの民の罪を贖いました。また二頭の山羊のうち一匹をくじで選び、その山羊の頭の上にイスラエルの民の罪を告白し、この山羊をアザゼルのための山羊として荒野に放ち、二度と帰ってこないようにしたのです。

 アザゼルというのは、山羊を意味するアズ(עַז)と立ち去ると言う意味のアーザル(אָזַל)と言う言葉の複合語であるとか、アザゼルと言う荒野に住む悪霊とだとも言われたりしますが、いずれにせよアザゼルの民は,]要は、イスラエルの民の罪をイスラルの民から追放して民を聖めるということを象徴的に示したものです。

 そして新約聖書のへブル人への手紙は、その贖罪の日の犠牲はイエス・キリスト様の十字架の雛型だと言うのです。雛型とは、平たく言えば模型です。実際の実物がありそれをまねて作ったのが模型です。私も小さい頃はよき模型を作りましたが、その多くは車や飛行機や戦艦でした。たとえば、飛行機ならばゼロ戦の模型を作ったりしました。このゼロ戦の模型は、実際のゼロ戦の実物を模して作ったものです。

 それと同じように、罪の贖いのための実体としてイエス・キリスト様の十字架がある。そして、贖罪の日で犠牲になる動物はその雛型、模型のようなものです。だから、完全な実物はイエス・キリスト様の十字架です。ですから実際のイエス・キリスト様の十字架の死は罪を贖うものとして完全なものです。完全なものだからこそ、ただ一度、イエス・キリスト様のからだがささげられることで、毎年、動物を犠牲としてささげることで罪を贖い、きよめていた雛型としての業を廃止し、イエス・キリスト様につながるものは完全にきよい者とされるのだとへブル書は言うのです。
 それは、そのただ一度のイエス・キリスト様の死が、完全に神に従順に従うものであり、それによって新しい契約が神と人の間に結ばれ、人が罪と死の支配から贖われたからです。

 みなさん、「罪を贖い」と言うことは、「罪を償う」と言うことではありません。日本語の辞書で見れば、償いも贖いも同じような意味で受け取られていますが、聖書が言う「贖い」は必ずしも「償い」と同義語ではありません。「償う」ということは、自分自身の過ちのゆえに相手に損害を与えたので、その損害を補填するために行う行為です。それにたいして贖うとは自分自身の過ちのゆえに自分が持っていた権利や立場を失うことです。その自分自身の失われた権利が回復されることが「贖い」ということなのです。

 ですから、イエス・キリスト様が十字架の死で私たちを贖ってくださったということは、神によって創造された私たちを神の民として回復し、神の聖なる民、神の子としての権利を回復してくださったということなのです。だから、ただ一度だけでいい。そしてだからこそ、私たちは自分の罪を悔い、神に目を向け、神に立ち帰りることが大切なのです。そして、罪と死が支配する世界ではなく、罪と死が支配する闇の世界を打ち破って打ち建てられた神の恵みが支配する神の国、その神の国が今の私たちの住む「この世」と言う世界のおいて現れ出ているキリストのからだなる教会、その教会の神の民の交わりの中に留まり続けることが大切なのです。

 たしかに、イエス・キリスト様を「十字架につけろ」た叫んだ群衆は、過ちを犯しました。しかし、彼らのためにもイエス・キリスト様の贖いの業は開かれているのです。イエス・キリスト様の救いの業は完全な救いだからです。「贖罪の日」は、私たちにそのことを教えている。だからこそ、私たちも神に目を向け、イエス・キリスト様を私たちの主であり王として信じ、このお方と繋がりながら生きて行くことが何よりも大切で重要なことなのです。

お祈りしましょう

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