「本物に近づく」
徳島県の鳴門市に、大塚美術館っていう、ちょっと変わった美術館があるんですが、知ってます?
たとえば、ミケランジェロの最後の審判など、それが描かれているシスティーナ礼拝堂そのものが再現されています。また古代カッパドキアの洞窟の礼拝堂の壁画もなんかも、洞窟そのものが再現されているんですよ。すごいでしょ。
私たちは、案外自分は、このままでいいのかなとか、もっと違っ人生があったんじゃないかなって、思うことあるんじゃないんでしょうかね。どうですか?それは、結局、自分らしさってことを考えていることでもあるんですね。もっとも自分らしい自分、つまり本当の自分は何なのかを、考えているってわけです。それってね、人生の目的や意義は何かってことだと言い換えられと思うんですよ。
こんな思いが、煮詰まってくると、人間はどこから来て、どこにいくのかっていう、宗教のテーマになってきます。そういった意味では、案外、私たち一人一人、だれもが宗教的な人間だって言えるのかもしれませんね。
でも、それでもやっぱり人生の目的や意味は何かって話は、あまりにも大きすぎて、それこそ、哲学者や宗教家が考えてくれって言いたくなっちゃいますよね。取り合えず、私たちには、一日一日が充実し、喜びと満足できるものでありたいってことが第一歩ですよね。でも、その小さな事が確かに大切です。
教会の礼拝の最後には、祝祷と言われるお祈りがあります。この祈りは、これから礼拝が終わって、一人一人が、神から、家庭や学校、職場に使命を持って派遣されていきますから、どうぞ神が祝福を与えて下さいって言う祈りです。
この神の使命に、派遣されるのは、教会の礼拝の祝祷からです。ですから、あなたも、教会の礼拝においでになり、神の使命を受けて、あなたの生活の場に派遣されて生きませんか。