つい先日は建国記念日の振替休日があり、土、日、月の3連休がありました。休みっていうのは、いくつになっても嬉しいもんですよね。人間にとって、休息の時というのは、絶対に必要です。
そんなわけでしょうか、聖書には、週に一日、「必ず休みの時を持つように」って、安息日という日が決められています。もともとは、金曜日の夕方から、土曜日の夕方だったんですけれど、今では日曜日が、その日の役割を果たしています。
この安息日は、生きるために。一週間働いてきた者が、ゆっくりと体を休ませ、疲れを取るためのものです。でも、私たちが疲れを感じるのは、何も体の疲れといった肉体的な疲れだけではありませんよね。体だけではなく心だって疲れることがある。むしろ、この心の疲れのほうが問題です。
仕事や人間関係、あるいは健康のことなどで悩みや心配があるときには、体を休めても、それだけでは、心が平安に過ごせるとはかぎりません。身も心も休めることが出来てこそ、本当の安息日っていえるんですよね。
そんなわけでしょうか、聖書には、安息日について、こんな事を書いています。旧約聖書申命記五章十四節です。途中を一部省略しますが、このようなことが書いてあります。
「安息日を守って、これを聖なる日とせよ。あなたの神、主が命じたとおりに。六日のあいだ働いて、あなたのすべてのわざをしなければならない。(中略)あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が強い手と、伸ばした腕とをもって、そこから導き出されたことを覚えなければならない。それゆえに、あなたの神、主は安息日を守ることを命じられるのである。」
これは、神が、イスラエルの民が、祖国から遠く離れたエジプトの地で奴隷となり苦しみ悩んでいるところから救い出し、イスラエルの民と共に歩んでくれる。だからそのことを心にしっかりと覚えるために安息日を守りなさいということです。
つまり、安息日に私たちを守り、苦しみや不安、悩みから救い出して下さる神を、心に覚え忘れないために安息日を守りなさいというのです。それは体の休息のためでなく、子心の休息、魂の休息のためなんですね。
今の時代は「心の時代」だと言われます。それは心が、どうしようもない程に、疲れ切りすり減ってしまっているからです。あなたの心は、疲れてはいませんか。すり減ってはいませんか。
神は、そんなあなたに、心の平安を与えてくださるお方です。あなたの心が神をこころに信じ受け入れるならば、神は、その人の心の中にいつも共にいて下さり、慰め励まして下さって、その悩み苦しむ心に平安を与えて下さいます。
そんなわけで、神を信じるクリスチャンは、日曜日に礼拝に集い、私たちの心に休息を与えて下さる神を心に覚え、新しい一週間を生きていく力をいただきながら生きているのです。
この、体と心に与えられる本当の安息日をあなたのものにしていただきたいと思います。
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