2023年11月3日金曜日

わたしは何者

わたしたちは、自分自身を自己評価するさい、しばしば何かと比較して自分自身を評価します。
中学生のこところ、私は長距離走が得意でした。中学校一年生の時の校内マラソン大会で、学年で3位でした。そんなわけで、何かの同級生と共に、学校を代表して陸上大会に出場することになったのです。私に振り当てられたには800m走でした。私は校内マラソンで3位だったことで、自分は長い距離の競争には自信を持っていましたので、その大会でも、そこそこの成績は残せるだろうと自負していました。
 ところが、結果は惨憺たるもので、ビリから2番目、いわゆるブービー賞でした。しかも、私の一つ前の選手と私との間の差はかなり開いていました。その結果に私は愕然とし、すっかり自信を失ってしまいました。そして、自分は決して早くないのだ。いやむしろ遅い法なのだと思うようになったのです。
 この自分の学校内での比較では、私は足が速いと思っていたのに、より広い世界の中に出てみると、私よりも足に速い人はたくさんいて、自分はむしろ足は決して速くないのだと思わざるをえないというのは、誰と比較して自分を見ているかということの一つの例であろうかと思います。私たちは、誰かと比較して「自分は優れている」と思ったり「自分は劣っている」と感じてしまいます。比べる相手によって評価が変わるとするならば、いったい自分は優れているのか劣っているのか。何を基準に自分と言う存在が何者かわからなくなってしまします。
 自分で自分を自己評価するときですらそうなのですから、ましてや人が私を評価する評価も、評価する人によって様々です。評価する人が何をもって評価するかによって評価が変わってくるのです。いったい私は何者なのか。わたしたちが人を比べて評価するとき、わたしたちは自分自身の価値を正しく見極めることはできません。「いったい私は何者なのか?」、人と比べているとわたしたちの自分自身の価値を見失うのです。そんな私たちに対して、「お前は価値ある優れた存在だ」と言って評価してくださるお方がいます。神様です。この世界を創造なさった神は、この世界に存在するあらゆるものに優ったすぐれたお方です。その神様の前に立つならば、どんな人でもちっぽけな存在でしかないでしょう。にもかかわらず、神様は「わたし」をそして「あなた」を、「お前は価値ある優れた存在だ」と言ってくださるのです。
 神様は嘘をつくことがありません。いつも真実なお方です。ですから、神様が「わたし」を、そして「あなた」を「お前は価値ある優れた存在だ」と言われる以上、神様は本気でそう思っているのです。「お前は価値ある優れた存在だ」。それが神様が「わたしたち」に、そして「あなた」に与えている神の評価です。
 そのように神様が「わたしたち」を評価し、「あなた」を評価してくださっているのですから、「わたしたち」は自分自身に自信をもって生きて行きたいと思います。たとえ、自信を失ってしまうようなことがあったとしても、神様が私を価値あるものと言ってくださっている。そのことを信じて歩んでいけたらいいとおもうのです。
 それに関することを、私の友人の岩本遠億牧師が「星を見に行こう」という3分ほどの短いメッセージの中でかたっていますので、ぜひそのショートメッセージをお聴きください。岩本牧師のショートメッセージは、下記のアドレスをクリックし、新しく開かれた「366日元気の出る聖書の言葉」のページに行き、▶マークをクリッククリックすることで聴くことができます。なおこのメッセージは、岩本牧師の著書『366日、元気の出る聖書の言葉』にあるものを音声にしてお伝えしているものです。それを、岩本牧師の御許可をいただいてここに転載したものです。

https://podcasters.spotify.com/pod/show/genki-seisho/episodes/ep-e2bd1sn?fbclid=IwAR2eeUEys2K_GmtOk7driBJBqIZmQhuKXkxUAEy85e2oVhzpXSPw7M1yyOg

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