2023年10月29日日曜日

舌は火である

  口は災いのもとという言葉がありますが、言葉を発するということは難しいことです。
 元々悪意をもって人を卑しめ、陥れるような言葉は言語道断ですが、正義の思いを持って発した言葉でも、相手も傷つけてしまうことがありますし、悪意がなくても、言葉は容易に人を傷つけてしまうことがあります。また、たとえ自分は正しい思いを持って話していると思い、相手の非を問いただすためであると思っていても、相手を傷つけていいわけではありません。そのようなことを考えると、言葉を発信するということは、本当に難しいことです。
 言葉は剣です。しかも諸刃の剣です。ですから、使い方によってはとても恐ろしい武器になるのです。
 私は牧師という仕事をしていますが、牧師という仕事は言葉を用いる仕事です。また、牧師が用いる言葉は、自分自身の言葉であると同時に、聖書という古代に書かれた神の言葉を扱います。聖書には、様々な差別的な言葉の用い方があったり、男尊女卑的な言葉が散見されます。それは古代の人たちの間では普通に使われ、あまり問題にされなかった言葉遣いです。もちろん、そのような言葉遣いやその言葉が指し示す思想は、今と言う現代において受け入れて良いものではありません。むしろ、現代という状況の中で、その言葉の奥にある神の意図を汲み取り解釈して用いなければなりません。にもかかわらず、そのようなことに心を配ることを忘れて、誤って聖書の言葉を使うことがあるのです。そんな時には心から反省し、自分自身の配慮のなさを悔いるのです。
 昔、古代ギリシャにおいてイソクラテスという人が修辞学という学問を開きました。修辞学は、人を説得し納得させるための弁論に技術として発達していきましたが、その発祥の意図は、良い言葉は良い思想をから出ているので、良い言葉を学ぶことで同時に良い思想を見に次ようというものでした。それで、良い話し方は何かが研究したのが修辞学という学問なのです。
 聖書には、舌は火のようなもので様々な害悪をもたらすと言います。そしてその舌を制することがとても難しいと言うのです。そのように害悪をもたらすような言葉を発することがある私たちだからこそ、神様に心を整えていただき、配慮のある言葉を発するものとなりたいと思います。
 そのことについて、私の友人の岩本遠億牧師は「ことばを清める」という2分半弱の短いメッセージを語ってくれています。そのメッセージは、下記のアドレスをクリックし、新しく開かれたページの▶マークをクリックすれば聴くことができます。

https://podcasters.spotify.com/pod/show/genki-seisho/episodes/ep-e2b6efp?fbclid=IwAR1ZlG54x56QiC7ulY5yzrZEjF-dZuUxB6ULCjOCv0sH1m_krHzpLU-WCoA

そこで語られるメッセージは、それを岩本牧師御自身が音声として語ったものです。それを岩本牧師の御許可をいただいて、ここに啓示させていただいています。


 


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